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最終話 恋するチューリップ《1》

Author: 砂原雑音
last update Huling Na-update: 2025-05-24 20:43:17

◇◆◇◆

恋をした。

飲み込もうとすれば、胸に疼いて苦しく熱を帯び

言葉にしても、叶わぬ現実に散り散りになることもなく

消えない気持ちを心の中に閉じ込めて

私はそっと春を待つ。

◇◆◇◆

夏を終え秋を迎え、凍てつく冬の寒さももうじき終わると言う頃。

バレンタインシーズンの限定スィーツは今年も好評だった。

増えた常連さんは勿論、去年のバレンタインに来てくれたお客様が思い出して来てくれたりすると、やっぱり嬉しくなる。

それだけ、このお店が記憶に残ってくれていたってことだから。

「ありがとうございました!」

レジ前でお辞儀をして、最後に残っていた女性客をお見送りすると、すぐに一瀬さんから声がかかった。

「綾さん、お疲れさまです。もう仕舞いにしましょうか」

「はいっ」

夏から何一つ変わらない私達の関係が、そこにある。

プレートをcloseにひっくり返す為、扉を開けて半身だけ外に出た。

「寒っ」

手を伸ばしてプレートをくるりとひっくり返す。

店内は温かいから、白シャツに薄手のカーディガンを一枚羽織っただけだ。

手や顔のむき出しの肌には、それこそピリピリと刺すような凍えた空気が堪える。

この冬は、最初こそ暖冬だったけれど年を明けた頃から急激に気温が下がり、雪のちらつく日が多かった。

「あ、また」

目の前にちらついた白い色に上を見上げると、ふわふわと舞い降りる雪が店の灯りに照らされていた。

「今日は早く帰った方が良いかもしれませんね」

背後から声が聞こえ顔を振り向かせると、思っていたよりも間近に一瀬さんが立っていて、同じように外の空を見上げていた。

あの夏の日、あんなに大胆なことをしてしまった私は、家に帰って思い出してからベッドの中で一人悶絶し、その後少しはそう言ったことに免疫が付いたかというとそうでもない。

いきなりこの距離は、緊張するし恥ずかしい。

けど悟られるのも恥ずかしいから、ぱっと顔を伏せたまま「寒いから閉めますね」と扉を閉めた。

「綾さん、今日はもう上がってください」

「え、でも、レジ締めがまだ……」

「構いませんから、早く。積もると道も危ない」

一瀬さんはカウンターに戻ると、手荷物置き場から私の鞄とブーケの入ったショップバッグを差し出した。

確かに、私の乗る沿線は少しの雪でも電車がストップすることがある。

早く帰れるのは、ありがたい。

「じゃあ……お言葉に甘えて。
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